【PS4ゲーム感想】Marvel's Spider-Man【スパイダーマンになること、その覚悟】

今回はPS4で発売されたスパイダーマンについて書こうと思います。ただ、オープンワールドなのに移動が楽しいとか、戦闘が爽快感あるとかそういう事は今回は置いておいて、スパイダーマンに自分自身がなることの楽しさと大変さについて書こうと思います。

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映画とゲームの違い

スパイダーマンは映画やアニメなど映像化された事が多いアメコミのヒーローだと思う。私もサム・ライミ監督の映画スパイダーマンで初めてきちんとスパイダーマンについて知った。

 

ただ、やはり映画や漫画、アニメでスパイダーマンを観て、スパイダーマンの生い立ちや苦悩、覚悟を知ってもそこにある感情は一観客、一市民としてのスパイダーマンに対しての共感や、感動、憧れなのであり、それはどうしても第三者目線であり、私自身ではなくピーター・パーカーという物語の主役を応援する形になってしまう。

 

そして今回出たゲームMarvel's Spider-Manだが、本当に自分自身がスパイダーマンになるのである。よくキャラゲーはゲームとしては面白くないという某バン○ムの影響力っが伺える定説があるが、これはゲームとしても面白くなおかつキャラゲーとしても本当に100点なのだが、今回のテーマの話ではないので詳しくは書かないです。

 そして本題だが、映画と違い第三者ではなく自分自身がスパイダーマンになってNYを歩くとそれはもう大変なのである、まじで五分に一回ぐらいで強盗事件は起きるわ、車の事故は起きるわの世紀末なNYで警察は本当に役にたたないし、そこらへんにいるチンピラでも意外に強くて気を抜くとあのスパイダーマンが何の力ももってないチンピラにボコボコにされるのである。これが映画なら「頑張れ!スパイダーマン」という応援や「だっさ」みたいに冷笑してしまうが、ゲームは違う。スパイダーマンとは私自身なのでまず自分自身の腕前のなさを反省し、どうすればより良いスパイダーマンの動きになるかを考えリトライしていく。その時の私はあのスパイダーマンを応援していた一観客ではなく、紛れも無いヒーローなのである。

そしてそんなヒーロー、スパイダーマンはNYを駆け巡るのだが、本当に事件というサブミッションがそこら辺で起きる。他のオープンワールドなら面倒なのでスルーする事だが、このゲームでは私はスパイダーマンなのである。親愛なる隣人であるスパイダーマンが市民を見捨てる?答えはNOだ。他の人にベンおじさんのような悲劇は起こしてはならないという自負が出てくる。ただ、スパイダーマンはそうでも、私みたいな社畜のゲーム出来る時間などたかがしれてる。そんなリアル時間の事を少しでも考えると進めなくては思ってしまい、犯罪を断腸の思いで見逃す、その後、ゲーム内のSNSを観ると犯罪を止めなかった事で市民から理不尽で叩かれたりして本気でへこむ。ヒーローと社会人を両立する事の難しさをゲームで知り、スパイダーマンと学生や社会人を両立させているピーターパーカーに尊敬の念を覚えてしまう。

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そしてゲームをした後に映画やアニメを観ると意外と力を持ってないスパイダーマンが頼れる味方も少なくヒーローである事を打ち解ける人もいなく、無限に沸いてくるヴィランに対して諦める事なく戦い、一般市民に対しては気軽に記念写真をする姿は本当にヒーローである事をより今まで一観客だった時よりもスパイダーマンを経験した今の方がより身近に実感出来る仕組みになっており、映画でスパイダーマン苦戦してたりしたら「あぁーわかる!そいつ強いもんな、でも俺でも倒せたから頑張ってくれ」みたいな謎の上から目線な応援とかしちゃうようになったりして今まで以上にスパイダーマンが大好きになるので、スパイダーマンを知っている人もこれから知る人も是非動画で済ませるのではなく、プレイして欲しい。